カテゴリー: 読書メモ
-
「イスラム国」の正体 なぜ、空爆が効かないのか
今話題の「イスラム国」について、何か書籍が無いかと探してみた。
この本には「池内恵」というイスラム教(中東)について詳しい東大准教授の解説が載ってる。
この人のブログは前から読んでいたのだけど。
中東・イスラーム学の風姿花伝
「イスラーム国」の衝撃という新書が発売されたそうで、読もうと思ったらKindle版の発売が28日。
本なんて読めればいいのでKindle版が欲しい。
そこでKindle版発売の前に、代わりにこれを読んどこうと。
「セレクション」(記事の寄せ集め)なので200円だしね。

「イスラム国」の正体 なぜ、空爆が効かないのか Wedgeセレクション No.37
で、池内恵氏の文章だけ読んだ。
イスラム国とは集権されてない分散型の組織だそうで、要はアルカーイダと同じ。
ネットでクラッキングをやってるアノニマスとかも同じ。
つまり理念に共感する者なら誰もが自由に「アノニマス」を名乗っていいのと同じく、
イスラム国の理念に共感する者なら誰もが自由に「イスラム国」を名乗ってOKなわけ。
地元で育った孤独な若者をジハードに共感させて、
世界中の地域で小規模なテロ(一匹狼型のテロ)を散発的に起こさせてる。
これはこの前、フランスで起きたトルコ人兄弟のテロがまさに当てはまるかと。
このようなテロを繰り返すと、そのうち当地の権力が弱体化して「空白地帯」ができる。
そこに世界中から「イスラム戦士」が集まって国を作るという目的で、
これは既に2004年から計画されていたそうな。
計画したのはザルカーウィという人物で、2006年にはアメリカに殺されてる。
でもこのイスラム国は、アルカーイダから「イスラムの団結を乱す」と批判されてたんだとか。
またザルカーウィ死後の後継組織も、アメリカの増派(増兵?)で弱体化していた。
しかし「アラブの春」をきっかけに勢力を取り戻したんだと。
それで今日のイスラム国の台頭になってるわけ。
イスラム国に空爆を繰り返しているらしいけど、
イスラム国は分散型組織なので、特定の指導者や権力者がいない。
だから空爆は無意味だと。
素人考えでは、民間人の居住地域に潜伏しているらしいから、
居住地域丸ごと空爆するわけにはいかず、
だから空爆は無意味なのかなと想像していた。
郊外や国境に来れば空爆で追い払えるのだろうけど、対処療法的で根治しないだろうし。
本気でイスラム国を崩壊させるには、地上戦しかないんじゃないかな。
でも地上戦は両者に人死のリスクがあるからねえ。
圧倒的な地上兵器とかは無いだろうし。
イスラム国側も最新兵器を入手しているらしいし。
そんなリスクはどこの国も背負いたくないよね。
ついでに高岡豊という中東調査会上席研究員の記事も読んでみた。
イスラム国の増大化は、シリアのアサド政権妥当の為に
「反政府組織」に資金や武器を提供したことが原因らしい。
これはアメリカを含めて、周辺国がやっていたそうな。
初期にはNGOや政治家も率先して行っていたほど。
この反政府組織がイスラム国と合体したみたい。
それと、今でも個人レベルの資金提供はあるらしい。
で、アラブの春で釈放された政治犯の中に過激派がいたようで、
その連中がイスラム国に合流したとのこと。
国連安保理では、イスラム国などに参加しようとする人員の移動を阻止する
立法を義務付ける安保理決議が、9月25日に採択されてるんだそうで。
知らなかった。
でも日本でこんな法律あったっけ?
既存の法律で対応できるから、いちいち立法はしないのかねえ。
例の中田考なる元大学教授に唆された大学生を、渡航前に逮捕したってのは、
この決議が背景にあったのかな。
最後にマイケル・シンというワシントン中東政策研究所の人の記事も読んだ。
この人が言うには、イスラム国はアメリカがイラクから撤退したことが
イラクの政情不安を招き、イスラム国の台頭を許したと。
アメリカがイラクに作ったのはシーア派の政権で、
シーア派はスンナ派を弾圧していて、
国内外でのスンナ派の支持がイスラム国に集まったらしい。
確かスンナ派って、イスラム教徒の多数派なんだよね。
イラクに新政府を樹立すべきと言ってるけど、
その為にはイスラム国をイラクから排除する必要があるだろうし、
排除には地上戦が必要だろうけど、そこまではやりたくないだろうし、
新政府を樹立してもその政府がまた同じような宗派弾圧をやるなら
同じことの繰り返しになるだけ。
ヨーロッパでは中東への介入は無駄と諦めムードらしいけど、
自分も無意味なんじゃないかなと思う。
オバマは5億ドルの予算を議会に要請したそうだけど、
金だけ出しても解決しないだろうね。
中東の武装組織にイスラム国と戦わせるのかね?
でもその武装組織が今後どうなるのかわからないし。
イスラム国自体がアサド政権打倒の為にそうやって資金提供を受けていたわけで。 -
データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則
効率的なToDoリストを作るヒントが欲しいので注文した。
今まで数年、ToDoリストを作って実行してきたけど、消化率がかなり低かった。
どう計画を立てれば実行できるのかわからないまま悩んでる。
それを打開する何かが欲しいわけ。

データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則 -
買わせる文章が「誰でも」「思い通り」に書ける101の法則の感想
必要があって文章力関係の本を読み漁ってるのだけど、
タイトルがキャッチーなので購入。
この本自体が「101の法則」とか、ウェブサイトでバズりやすい特徴の一つ「数字」を入れてるし、
「誰でも」というのも入れると記事がバズりやすいキーワード。
タイトル自体が魅力的なので買ったw
つまりこの本のタイトル自体が「買わせる文章」になってる。

買わせる文章が「誰でも」「思い通り」に書ける101の法則 (アスカビジネス)
感想は後日。
注文品が到着したので読了。
文章と言うよりも、もっと短いキャッチコピーの考え方のカタログ的な本。
目次がそのまま目的別の逆引き索引として使える。
前からこういう辞書的な使い方ができるライティング関係の本が欲しかったのですよ。d(⌒ー⌒)
理念をこねくるタイプではなく、実践的な説明になってる。
ボールペンを売ることを想定して、どうやってキーワードやフレーズを思いつけばいいのかを説明してる。
このへんは類似本で言ってるのと同じ。
1項目1ページくらいなので、細かい説明はなし。
たいていの項目はダメな例と良い例との比較があって、それに注釈を付けている。
あとウェブサイトの訪問者はザッピング的な読み方をしているらしい。
だから、見た目にも工夫(文章の整形)が必要と説いている。
全部覚えるのは無理がありすぎるし、
手元に置いて目次から必要な解説を読み、
書きたい文章に当てはめるという使い方がベスト。 -
アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉
最近話題なので、アドラー心理学の本を読んでみた。

アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉
この本はアドラー心理学の理論を解説してない。
100の言葉を抜粋しただけ。
というかアドラーは理論化せずに亡くなったらしい。
正直言って、中身は無内容なポジティブシンキングとしか思えない。
「人生は変えられる」「人生はシンプル」「人生は自分の考え方で決まる」「遺伝もトラウマもあなたを支配していない」など。
無意識を否定してるのかなと思ったら「意識も無意識も一見矛盾しても同じ目的に向かっている」と言ってる。
そう言えるケースはあるだろうけど、一般論としてもそう言えるのかねえ。
まあ私は専門家じゃないし、わからないけどさ。
一方、矛盾に思えることも言ってる。
例えば「人はライフスタイルを10歳位で完成させ、一生使い続ける」と。
アドラーは性格をライフスタイルと言い換えてるけど、この言葉が正しいなら人生を変えようがないと思うのだけど……。
でも「ライフスタイルは変えられる」とも言ってる。しかしこれは「人生の半分の時間を使ってライフスタイルの書き換えを終える」と言ってるので、容易ではない。
その一方で、ライフスタイルは死ぬ2~3日目でも変えられると言っちゃってる。
「親からがみがみ言われたから暗い子になるのではない。暗い子になることを選んだのだ」と言ってる一方で、「子どもにとって家族は世界そのもの。親から愛されなければ生きていけない。その為の命がけの戦略が性格形成になる」とも言ってる。
だったら暗い子になるのが、親から愛される命がけの戦略だったんでしょ?
それを「暗い子になることを選んだ」とは言えないと思うのだよね。
「罰を与えるのではなく、結末を体験させるのだ。子どもが食事の時間になって戻ってこなければ、食事を出さなければよい」と言ってるけど、これは「罰」を「結末を体験させる」と言い換えているだけとしか思えない。
食事の時間に戻ってこないという原因と、食事を出さないという結末に因果関係があるから罰になるわけで、因果関係がないなら、それは罰でなく虐待でしかない。
あと「幸福な人生を歩む人のライフスタイルはコモンセンスと一致している。歪んだ私的論理に基づく性格では幸せになれない」と言ってる。
このコモンセンスとは、「個人にとっても組織や家族にとっても共に受け入れられるような意味付け」と言ってる。
私的論理とは、「個人にとってしか受け入れられない、共同体では受け入れがたい意味付け」と言ってる。
でも「子どもが学校でいじめられていたら、無理をして行くべきでないのがコモンセンス」とも言ってる。
この場合、学校に通うこと=共同体で受け入れられる意味付け、いじめで学校に行かない=個人にとってしか受け入れられない意味付け、だと思う。
つまり私的論理に該当すると思うのだけどねえ……。
一部の理屈は納得。
「不健全な人は自分を被害者と思わせて何もしない」
「不健全な人は相手を変えようとする」
「人は正の注目が得られないと負の注目を得ようとする。それでも注目されないと、自分の無能さを見せつけようとする」
「世話好きな人は相手に依存して欲しい」
「問題行動に注目すると、その問題を繰り返す。叱ることは悪い習慣を身につけさせるトレーニングになる」など。
結局「理論」ではないので、断片的な言葉それぞれの是非を判断するしかない。
他にもアドラー心理学の入門書としてふさわしいものがあるようなので、あえてこの本を買う意義は感じない。 -
本多静六 私の財産告白
本多静六という明治の大学教授が書いた蓄財ノウハウというか、心構えを説いた本。
Kindleで安かったので買った。

私の財産告白
要は「バビロンの大富豪」と同じだけど、収入の1/4を貯蓄せよと言ってる。
バビロンは1/10を貯蓄せよと言っていたけど、本多静六はより厳しい。
そして貯蓄した分を株や山林に投資して蓄財したらしい。
株は現代にも通じるけど、山林はさすがにどうかな。
明治時代は幹線道路が発達途上で、直に道路沿いの山林に価値が付くと未来予測して、それが当たったらしい。
株の方は「2割益利食い10割益半分手放し」という手法を薦めている。
基本的には損切りしなかったらしい。
これは明治時代の国家が全体的に繁栄しつつある時代だったから、うまくいったんじゃないかなあ……。
蓄財の話は前半で終わり、後半は人の上に立つ者の処世術に終始してる。
小言をいいたくなるのを我慢せよとか、部下の意見を聞いてから自分の意見と同じだったとしてもその意見を採用した体で仕事を進めよ、とか言ってる。 -
九マイルは遠すぎる
アームチェア・ディテクティブの典型で、短篇集。
ニッキィという推理が得意な文学教授が、わずかな手がかりから推論を重ねて事件を解決してしまう。
タイトルの「九マイルは遠すぎる」は実際には「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない。ましてや雨の中となるとなおさらだ」という文章のこと。
ニッキィはたったこれだけの文章から、
・話し手はうんざりしている(容易じゃないと言ってるから)
・雨を予想していなかった(ましてや雨の中となるとと言ってるから)
・話し手はスポーツマンや野外活動家ではない(9マイルを歩くのに音を上げているから)
・話し手が歩いたのは夜中か早朝(日中ならバスや電車があるから歩く必要はない)
・話し手は郊外から町に向かって歩いてきた(町から出るなら自分の車や交通機関を利用するはず)
・九マイルとは正確な数字(大雑把な距離を言うなら10とか切りの良い数字にするはず)
・はっきりとした目的地に向かっていた(9マイルという目的地までの正確な距離を把握しているから)
・一定時間内に到着しなければならなかった(雨宿りせずに歩き続けているから)
などを推論する。
この推論がとある事件を解決する重要な推理へとつながってしまう。
ほかにも、雑誌の切り抜きで作った脅迫状、被害者の頭に残っていた凶器の跡、チェス盤の駒の配置など様々なことを推理し、事件を解決してしまう。
わずかな手がかりから推論を重ねて事件を解決するまでの流れがとても鮮やか。
元になった事件にも不自然な感じはない。
全部で8話あるけど、最初のエピソードから合計20年かかって書いたらしい。
つまり相当にプロットやディテールを練って作ったわけで、鮮やかで自然な読後感になるのも当然だと納得。
いわゆる「本格推理」で、つまり「推理が主で登場人物やエピソードは従」というウェイトになっている。
1話あたりは30ページくらいで、簡単に読める。
推理を楽しみたいなら、うってつけ。
思考力訓練のテキストにもなると思う。

九マイルは遠すぎる (ハヤカワ・ミステリ文庫 19-2)


