徳川綱吉はリフレ政策をやっていた

徳川綱吉は今から300年ほど前の江戸幕府の第5代将軍で、
貨幣の改鋳を行い、元禄金や元禄銀の質を落とした為、
良貨の退蔵を招いて経済を混乱させたとされています。

しかし近年の学説では、今で言う「リフレ政策」を行っていたと再評価されています。
霞ヶ関官僚が読む本 元禄貨幣改鋳、時代が早すぎた経済観

実際には荻原重秀という勘定奉行の提言を実施したのですが、
改鋳益を幕府にもたらしたものの、物価上昇を招いたと批判されています。
その批判の立役者は新井白石だったようです。
新井白石は何と「初めに改鋳のようなことをしなければ天災も起きなかったかもしれない」などと、強引なこじつけすら行っています。
ちなみに新井白石が言う天災とは、元禄大地震、宝永大地震、富士山の宝永大噴火の事。

しかし改鋳直後の米価格の高騰は冷夏が原因だった事と、
改鋳後11年間の米価格上昇率はたったの3%だったようです。

改鋳益の本質は商人が貯め込んでいた旧貨幣の実質的な購買力が低下した事で、
商人達は貯蓄から投資へと金の使い道を変えました。
これは商人への強制的な課税を行ったのと同じ事と解釈できるようです。
しかもこの改鋳により、米中心だった経済が貨幣中心に変わったそうです。

そして、これは後の金本位制からの脱却の嚆矢とも言える改革だったと。
荻原重秀は「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以ってこれに代えるといえども、まさに行うべし」と主張していたそうです。
これは貨幣の価値は国家が保証するもので、貨幣そのものは瓦礫でも構わないという考え方です。
実際、アメリカが金本位制を止めて以降も、米ドルは世界に流通しています。
それは米ドルの価値をアメリカという国が保証しているからです。
荻原重秀は正しかった訳です。

そして元禄時代に好景気が起きています。
今アベノミクスで起きている好景気も同様の現象です。
それを300年も前に先取りしていたのです。

所が、荻原重秀の死後に新井白石は元文の改鋳を行い、
金や銀の含有比率を元の慶長金銀の比率に戻してしまいます。
これにより、年2%の物価減少となるデフレが発生。
庶民の生活が苦しくなり、一揆や打ち壊しが増えたようです。

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